back number最新曲と佛教の交流〜JPOP音楽から仏教を身近に感じましょう。〜
- 本清寺 浄土真宗本願寺派
- 1月14日
- 読了時間: 3分
早朝4時に目が覚める事が日課になってしまったここ数年(;・∀・)
洗面、ごみ捨て、お勤めを終えて手にするはスマートフォン。
まずは世の中のNEWS確認とSNSで検索。
つくづく思うのは最近仏教風な発信がやたらと多い・・・
「私、仏教に目覚めました!」
「仏教の考え方は非常に役に立ちます。あの有名なスティー・・」
「今朝、佛さまの言葉が聞こえました。」
挙げると切りが無いほどに。
関心しながらプロフィールまで行ってみると予想通り。
似たような方に道具化された仏教風な?仏教でも何でもない自己啓発。
どうやらこのような方々は自己をいかに素晴らしく、幸せにしていくかの為に
仏教を学んでいるようです(-_-;)
さて、今回気になったのは
「私も仏教を学んでいましたが、私には合わないみたいでやめました。」
・・・合わないからやめました
これは一体どういうことなのだろうか色々考察してみました。
大乗仏教の菩薩と呼ばれる方は、52の段階を上っていきます。
十信→十住→十行→十廻向→十地→等覚→妙覚(佛)
この十地からの菩薩は初地の菩薩と呼ばれ、不退転の菩薩となります。
不退転という事は、そこに辿り着くまでは退転するという事です。
少しでも怠けたり、嫌気が差したりしたならば最初に戻ってしまう、これまで積み重ねたものは崩れ1からやり直し。まさに坂道が平坦になるまで諦めず努力していかなければならない非常に厳しい修行者が菩薩と呼ばれます。
どうしても あぁ どうしても
欲しいものは 同じで
渇きを目印にして
ここに掴みに来たんだ
まさにback number の新曲《どうしても どうしても》は
メダルを目指す方への応援歌として作曲されましたから気持ちを上げる為の曲にピッタリです。
と同時にいつも私はもう1つ浮かぶものがあります。

努力が実るか実らないかは分からない。でも成功者は努力を重ねる。
メダルも同じく皆努力をされて舞台に立たれる方ばかり。その勝負であるからメダルが獲得できるかは誰にも分からない。
メダルが獲得出来なかった時、選手は何を思うでしょうか。
「あぁ。私には向いていなかったんだな。だからやめよう。」
このような気持ちになるだろうか。なるわけがないです。
私の努力が足りなかった・・・相手はもっと努力をされたから私に原因があったんだ!
と反省されるから次に繋がっていくのです。
仏教を学び、私には合わないからやめました!
これほど中身のない発言はないでしょう。
合わない理由を仏教のせいにし自分をまったく見ていない姿。
むしろこれこそ仏教が問題にしている自己中心の姿です(;・∀・)
反対に最初の仏教を自己啓発(満足)に用いていた方々も誤りであることが分かりますね!
南無阿弥陀佛



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