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Mrs.GREEN APPLEから仏教を考察。

流行の歌をなるべく聴こうと努力はするものの中々聴く時間が取れない(-_-;)

そんな言い訳をしながらYOUTUBEでたまたまランダムで流れてくる曲に耳が傾く。


Mrs.GREEN APPLE ご存知ですか?


点描の唄がお気に入りですが、ダーリンという曲が

年末にあがっておりました。バックコーラスに大量の若者が参加されていて

圧倒的な聲の力に自然と涙がポロリ・・・


映像を見ているとたくさんの方がやはり涙されながら歌われていました。

きっと歌詞に響くものがあるのだろうと検索してみると

Mrs.GREEN APPLEの歌詞から仏教を考察してみる。)

やはり!!


このブログでも投稿し続けている《私》


その《私》に苦悩する歌詞がつらつらと

中でも最後の歌詞では


限りある世の中のせいで狂ってる

果てしなく続く時間に燻ってる

みんなと同じだからって

僕の 私の ワダカマリが楽になるわけじゃない


Darling 本当の音を聴いて

やるせない日々の膿は出切らないけど

ねぇ 私の私で居てもいいの?

あの子にはなれないし

なる必要も無いから


Darling


《私》の私で在りたい

そう誰しも願いたい


佛法がはたらき続ける理由はまさにここにあるわけです。


私の私で在りたいけれど「誰かの私でありたかった」とも願う。


私が見ている世界と相手が見ている世界

これは全く違う世界

それは1人1人が描き出している虚構された世界

互いが互いに重なることはないレイヤー上であたかも重なっているかのように

勘違いをして一喜一憂をしている姿


これを佛法は放って置けない


あなたが見ている世界は《あなたではないすべて》によって描き出すことが出来ている世界

私が見ている世界は《私ではないすべて》で描き出されている世界

いつの間にか《私》が見ている世界と《あなた》が見ている世界は

同一空間上に在ると勘違いするから噛み合わない関係にいらいらしたり

思う通りにならない相手や社会に対して不平不満をぶつけてしまう


「そうではないんだよ。私とあなたと分けるから世界がバラバラになってしまうんだ。

 分けられない世界があるんだ。その事を知っておいてね。聴いておいてね。」


分けられない世界を分けてしまうから

理想通りの《私》になれない事に頭を抱える

《そのまま》、何者になる必要もない

それは、他者や周りあっての私という存在を知ることによって

力みが無くなっていく


「あなたはあなたのままで。」


この言葉の中には

佛の側が《間違いだらけの私》を先に包みこんだ上で

いや、間違いにさえ気づかない私を先取りされて

「あなた、間違っていますよ。」と否定するのではなく

「あなたをそのまま。」と肯定していく心がある


人が人であるがゆえに抱える問題を解決した所に

まことの人間の歩みがある

そこから右往左往する人生は、暗闇の歩みではなく

闇の中に決して消えない灯火に照らされた歩みとなる

このいのちは限りがある

しかし

私は生き続ける

相手によって生かされているのだから

同一世界に、分けられない世界に生まれる(これを佛に成るという)のだから

私の世界に相手は生き続け、相手の世界に私は生き続ける


ミセスに負けないくらいの声量と美声を鍛え上げます(;・∀・)


                                  南無阿弥陀佛


 
 
 

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