〜何気ない一言で見えてくる危うさ〜
- 本清寺 浄土真宗本願寺派
- 1月5日
- 読了時間: 4分
インスタグラムのストーリーズという機能は便利なもので
その日に思いついた法話やSNSで見かけた世間の仏教観のいい加減さへの苦悩など
24時間で消えるので見る人は見るし見ない人は見ないので気が楽です(-_-;)
昨日は令和8年の法語カレンダーの表紙を飾る言葉
《 これからが これまでを決める 》
こちらをテーマに呟くと1人の友人が反応してくれました。
友人O 「 どう いかに 死ぬかですね。 」
私 「 ほぅ。いかにって? 」
友人O 「 悔いなく死ぬ。 」
私 「 死ぬって何? 」
友人O 「それはわかりません。死んだことないから!」
おそらく皆このような答えになるのではないでしょうか。
生や死についてしっかりと答えを持っていますか。その答えは正しいですか。
誰でもいのちは必ず終わる、しかし何が終わるかは分かっちゃいない、
にも関わらず当たり前のように《死ぬ》という言葉を使います。
《これから》とは《いのち終わる事》、この答えが定まらないならば
《これまで》も当然定まらない、これは何か大きな問題にぶつかった時簡単に答えが裏返るという事でもあります。
『 現時点ではこれが私の答えです。 』と科学者や著名人、宗教家の考えを自らの答えとする。
昨今では《死は存在しない》、《死は考えても仕方ない》、《死は進化の過程である》など死に対する自論を発表される方々がいらっしゃいます。
では、この答えを信じると《死》の解決がされるでしょうか?
死の反対、対義語は《生》です。それでは《生》とは何でしょう?
生きている以前にまず生まれてくるという現象があります。
【 私はいつから生まれたのでしょう 】
誕生日が生まれた時ですか? 私は、昭和58年8月20日生まれです。
しかし、これは私が記憶している内容ではなく私の両親から教えられた日にちです。
それでは、母親のお腹に生命が宿った時でしょうか? やはりそれを知るのは母親のみです。さらに言えば母親でさえ身体の異変により病院へ行き、医者の診察で心拍を確認した時に初めて母親も私のいのちを認識します。それが始まり・・・?かと言えばもっと前があります。
父親の遺伝子と母親の遺伝子が生命を持っているからこそ縁によって始まりました。
ということは、私の始まりは《私が始まった時という瞬間は無い》、むしろ人間は始まりが分からない程の始まりから様々ないのちを縁として繋がり現在の私を成立させています。
つまり・・・私の始まりは分からない。生まれると言うことは無い(;・∀・)
この事は実はすでにインドの龍樹菩薩という方がお示しくださっています。(浄土真宗の流れで大切にする七高僧のお一人)
・もしも自から自が生まれるならばそれは《生まれる》とは言わない。
・もしも他から自が生まれるならば無い所から自が生ずるという事、どこからでも
バンバン生じるはずである。しかし、そうでは無い。
・もしも自であり他であるものから生まれるならば上記の2つの過ちを行っていることで
あるからこれもありえない。
・もしも自でもなく他でもないものから生まれるならば無から生ずる過ちであるからこれも
あり得ない。
即ち、《生まれる》という事は無い。
誕生の誕とは、でたらめ・いつわりという意味であるようにまさに誕りの世界に生じてきたのが私というもののようです。
只今は《生》について話をしました。答えは《生》は意味づけられない_| ̄|○
対義語は《死》でありました。話を戻すとたくさんの方々が死について答えを提示されますが、生の答えが分からないのですから死も定義づけできないのが本当です。
死を決めるのはやはり医者の判断です。死と認められる兆候が見られた時に死亡判定を行いますが、細胞はその後も生き続けています。その細胞は私ではないのでしょうか?
実は生が始まりが分からないプロセスならば死もまたプロセス。
これが生! これが死! と概念付け固定化することは出来ません。
そして、1番の問題は私の生、私の死と【私】を固定化している事。
この私が縁の中で一瞬一瞬変化しており、これが私!と定める事が出来ない。
人間は言葉と思考によって無いものを有るように虚構している事に気がついていない
これを教えるのが佛教なのです(。・_・。)
気づいていないものに気づかせ改めさせる佛教もあれば
気づいていないものをそのまま背負い、救いの中で誤りに気づかせる佛法もあります。
気づかなければ一生気づかないまま終わるだけの話。
気づかないからこそ知ったつもりでああだこうだと自論を展開させるのです。
答えはでませんから言ったもの勝ち。あとは誰かが信じるだけです。
「あぁ、そうだったのね。」と気付いた私が今いるという事は
浄土真宗は下の【救いの中で本当を知らされる宗教】です。
今回は友人のお蔭でこれだけ話が拡がりました!感謝

南無阿弥陀佛



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