真心込めたお別れ会〜お別れとは?〜
- 本清寺 浄土真宗本願寺派
- 3月3日
- 読了時間: 2分
某有名バンドのドラマーが急逝されました。
もうすぐお別れ会が開かれるというニュースを見ました。
そのような中で気になる言葉が目に止まりました。
お別れ会のチケットが取れなかった・・・
ここでしっかりとお別れしようと思っていたのに・・・
しっかりとお別れするとは一体どのような事なのでしょう。
これからの人生で亡くなられた現実を引きずらないように
しっかりとお別れをするのでしょうか?
もう二度と会う事が出来ないから気持ちを伝えるのでしょうか?
このような現象は有名人であれば有るほど頻繁に起こります。
大体、有名な方の訃報は事後報告。亡くなられて暫く経過してから取り上げられます。
するとSNSでは、一緒に撮った写真をアップして
「まさかこんなに早く別れが来るなんて。
もっとたくさんお話したかったです。 R.I.P 」
「一回しかお会いしたことありませんでしたが、すごく優しくしてくれました。
心より御冥福を。」
・・・私は捻くれているのでいつもこう思ってしまいます。
それ、生前に言えば良かったのに。
今回もやっぱり似たような人で溢れかえったSNS。
しっかりとお別れを告げたのは自分だけであって
もしも故人が別れだと思っていなかったらどうするのでしょう。
仲の良いドラマーの友達は、違う言葉を発信していました。
『 悲しいけれど、しっかりと紡いでいきます。 』
『 私の中にしっかりと生き続けています。 』
別れではなく自分の中に生かしていく言葉です。
坊さんの視点から言えば
果たして本当にお別れなんてものがあるのだろうか?
子ども達にはすでに
終わりはあっても別れは無いことを教えています。
『あなたのいのちにこれからもずっと一緒にいるからね。』と自信をもって伝えています。
お別れをするのではなく
そこから本当に出遇っていく世界があることを
早く知っておいてほしい。だからこそ佛教は今聞いておくべき大切なものです。
LIVEを見て会った事がある
テレビで見て会った事がある
たまたま話した事がある
対面したことがあるから《会った》
これは《会った》だけであって実は本当にご本人に遇った事にはならないかもしれませんよ。まだまだ遇う時間はたくさんあります。
紡ぎましょうm(_ _)m
南無阿弥陀佛




コメント