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《ご法事のお育て》

2日間のご法事のお手伝いでした。千葉県まで車を走らせる事1時間半、道中であちらこちらで葬儀やお別れ会が勤められている看板を発見しました。数えられただけでも10件はありました。何宗で勤まっているのだろう・・・・お別れ会だけかな・・・など頭をよぎります。

家族葬を売りにするホールが増えたこと増えたこと(^o^;

お別れの空間や雰囲気、時間を演出することは確かに大切です。しかし、それだけでは

人間(ご遺族)の気持ちを満足させるだけで


 自らのいのち・存在に目が向かずに終わっていきます


亡き方のいのちを無駄にしない唯一の答えを土台としないお別れの会は、生きている者の考えを優先した虚しいものになります。それを知らずに拡大してお客を集めていたり死後ビジネスに手を出している会社を見極める力を持ちましょう。


さて、昨日は23回忌、本日は1周忌のご法事でありました。


23回忌(往生後22年)と聞くと、どのようなご法事を想像されますか?


今回お手伝いで伺いましたから23回忌で墓前という情報のみを頼りにお勤めの差定を組んでいました。ところが、施主とお会いするとまだまだ働きざかりの方、

あれ? もしかして? すぐに分かりました。


墓前につくと写真が飾られてドラえもんのパッケージのどら焼きや果物がお供えされていました。そうです。生後まもなく息を引き取られたお子さんの23回忌でした。


一体、どのような言葉が1番響くだろうか


昔、恩師に教えられた言葉が頭をよぎります。

『 先生は、お通夜やご法事にされる話と日頃のご法話は変えていらっしゃいます? 』


『 そんなことしているとご法義がぶれていきますよ。浄土真宗の話はただ1つ。

  ここに腹が据わってないから変えなければと考えているんでしょう。 』


まさにその通りだと久しぶりに実感しました。


相手を癒やしたり慰めたりすることもグリーフケアとして必要な技術かもしれません。

けれども今この御夫婦に必要な事は【本当の話】です。


お子様は今頃幸せに過ごされていますよ。

今でもお二人を見守ってくれていますよ。

こんなその場しのぎのセリフは他人が使ってはなりません。


だからこそ浄土真宗の僧侶は、本当のことしか伝えません。


 どのようないのちであろうと

 南無阿弥陀佛はご一緒くださいます


この佛さまが一人ひとりのいのちに届いている事を

自分の口から称えられる『南無阿弥陀佛』で実感します。

自分に届いていることを知るからこそ、相手にも同じ佛様が届いている事に納得できます。


我が子が生きていて欲しかったという願いは消えることはありません。

消えないならばずっとその悲しみを抱えて何の解決方法もなく

過ごしていくかというとそうではないのです。


あなたの悲しみ・絶望・苦しみ・悩みを我が問題としてくださったからこそ

南無阿弥陀佛は私のいのちとともに歩むと届いてくださいました。

ならば亡き子を通して亡き子にも届いていた佛様が何を私に伝えようとされているのかを

悲しみの中に聞いていって欲しいのです。

浅草寺の御本尊横の柱の文字は南無阿弥陀佛の事です。    御本尊はなぜか観音様。
浅草寺の御本尊横の柱の文字は南無阿弥陀佛の事です。    御本尊はなぜか観音様。

                               南無阿弥陀佛


 
 
 

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