top of page
検索

伝えたい!伝わる布教を目指して〜言葉〜

10月20日
読了時間: 4分

昔、とある先生に

 『 浄土真宗の布教は、話せば話すほど話しが下手になる。 』と教わりました。


話せば話すほど下手になる・・・ならば話さないほうが上手くなる?

普通は、話した数だけ得意になっていきそうですが。


この言葉を今実感しています。(^o^;


話せば話すほどに

南無阿彌陀佛の話はどんどん拡大していきます。

それは、話初めの頃は覚えている内容だけをお伝えしていましたが

そこから時が経過するに連れて浄土真宗の中身も増え、佛教全体と南無阿彌陀佛がどのように関わっているのかを学ぶ事になるからです。

そうすると何が起こるでしょう。


自分の話していた中身が浄土真宗のほんの一部分でしかなく

《今聞いて、今間に合うお救いの佛法》=浄土真宗になっていない事を実感します。


それはつまり、自分のお取次ぎ(法話)を聞いてくださった方を

分からなくさせ、迷わせてしまっていたことに他なりません・・・


そのような反省も含めて最近では布教に望んでいるのですが

また1つの問題に気が付きましたm(_ _)m


 【 何が自分に関係しているのか? 】



そこで今回は、《南無阿彌陀佛》をテーマに掘り下げてみます。

あくまで今回は《何が私に関係しているか?》を標準にお伝えします。


この南無阿彌陀佛を伝える為にはあらゆる言葉が必要になります。


例えば、法蔵菩薩、本願、本願成就、名号、名聲、往生、、、、


すでにたくさんの専門用語が羅列しています。φ(..)  が!!!


皆さんが1番最初に《南無阿彌陀佛》を聞かれた時に思う事は、


『 へぇ〜、浄土真宗にはそんな言葉があるのか〜。 』


『 この言葉が大切なのね! 』


だと思います。私もそうでしたから(´-`).。oO


その入り方を最初にひっくり返しておかないとこの後の話がまったく入ってこなくなります。これは、日頃ご法話していてお聴聞(ちょうもん)されている方の顔色を覗っていると見えてくる事実です。


あえて分かりやすく文字サイズを大きくしましたからすでにお分かりでしょう。



      【 言葉 】


我々人間は言語を扱いコミュニケーションをとる動物ですから

何の疑問もなく聞き流してしまいますが

これこそ入り方の間違えを引き起こしている原因です。


南無阿彌陀佛は、言葉ではありません❌️


もう少し正確に言わないと語弊があるので


人間が使用している言葉ではありません❌️


我々が考えている《言葉》は、初めて言語コミュニケーションを始めた祖先からの

流れにより長い歴史を経て現代まで伝わり、現代もまだまだ変化している言葉、

つまり人間の創作です。


そうでは無い事を教える為に説かれたものがお經です。

(創作された言葉を用いながら、そうではない世界を説かれたのがお釈迦様のご苦労です。)


その中で南無阿彌陀佛のすべてが説かれたお經は、佛説無量寿經であります。


そこにたった1行このようなご文が説かれます。


              名聲超十方


先程、羅列した言葉の中にありました名聲(みょうしょう)です。


お釈迦さま『 南無阿彌陀佛は、我々が創って使用している言葉とは違うのだよ。

       南無阿彌陀佛は、聲(こえ)。南無阿彌陀佛の聲なんです! 』


この一文字が説かれてあるからこそ

人間世界と異なる世界の言葉、佛さまの言葉という事が分かります。

無ければ人間の知識で分かる分からないを判断していく対象になっていきます。


お經は、難しい。何言っているか分からない。意味がない。

もっと分かるように現代語訳してほしい。


とインターネットで見かけますが、ここを知らないから出てくる文句です。


人間の常識を超えるには人間に分かっちゃならないのです。

分かってはならないからこそ《 ただ聞く 》、そのまま素直に聞かせていただくという

姿勢が生まれてくるのです。


お經の始まりが必ず

          如是我聞 、 我聞如是


 となっているのは私(人間)の思考を使って理解しようとしませんという宣言です。


この土台がまずあってからこそ

法蔵菩薩、本願、本願成就、名号、往生等の専門用語や《お救い》という言葉の意味がはっきりと定まってきます。


《 何が私と関係あるのか? 》


人間が創作した言葉によって有るか無いかに頭を悩ませ苦しんでいるものを

言葉の概念から抜け出させる為に


              名聲

となって私に届き私を喚び続ける南無阿彌陀佛の聲。

関係あるかないかではなく、《私を喚ぶ聲》が南無阿彌陀佛です。

南無阿彌陀佛が私を聲ですから、私に用事があるのがこの佛さま。

ご要件の中身は、すべて私の話になってくるのは当然の出来事です。


では、その名聲と成られる前にどのような事を私に願われていたのでしょうか?

と、南無阿彌陀佛が成佛される前の話が大切になってくるのです。

そこに法蔵菩薩や本願という言葉が使用されていく流れになっていきます(*´∀`*)


                            南無阿彌陀佛


                     

 
 
 

コメント


bottom of page