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〜浄土真宗だからこそ、これからを変えられる〜
あなたが佛法に遇う場所、それがお寺です
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名前って何だ?〜法名は動く〜
セブンイレブンに入ってみると・・・何と!! STRANGER THINGS コラボレーション デモゴルゴン ドーナツ Netflixで長い長い時間をかけて観続けていたSTRANGER THINGS とコラボしているではありませんか(*´∀`*)早速購入 ご存知の方はご存知、ご存知でない方はご存知でない! そうです。この世界にある名前を考えてみると 固有名詞と一般名詞に分ける事ができます。 例えば、デモゴルゴン。 これは、STRANGER THINGSに登場する主要モンスターの名前です。 ですからモンスターの中でも限定的な番組に登場する名前ですから固有名詞です。 では、モンスターはどうでしょう?? ① 怪物・異形の生物 ② 圧倒的能力や影響力を与える人物 ③ 社会的常識やマナーから著しく外れた人物 という意味をなす名詞がモンスター、こちらは一般名詞です。 つまりデモゴルゴンは①に一致した限定的モンスターを指します。 固有名詞は固有名詞でも 意味と現実が一致しないものもあります。 それは、自分自身の名前・・・ 私の名前は、匡真(きょうしん)です。(^
本清寺 浄土真宗本願寺派
2 日前読了時間: 4分


11月が始まりました〜仏教日記〜
昨日は築地本願寺和田堀廟所にて布教のご縁でしたm(_ _)m 和田堀廟所 日曜日の秋晴れの中たくさんの方がお参り下さいました。 横の明治大学では文化祭が開催されており若者が大盛り上がりでした(^o^; その影響もあり話のテーマは 《 なぜ、仏教は若者に伝わり難いのか? 》 を根底に据え、浄土真宗を開かれたご開山・親鸞聖人やその親鸞聖人が選ばれた インド・中国・日本の七高僧がご覧になられていた景色はどのようなものであったか?というところをお釈迦様のご生涯を通してお話いたしました。 我々人間には固定観念というものがいつでもつきまとっています。 仏教は、本当に若者に伝わり難いのでしょうか? お釈迦様が出家された年齢は29歳です。 しかし、出家するきっかけとなった事柄は29歳以前からありました。 その有名な話が四門出遊(しもんしゅつゆう)です。 これは、お釈迦様がお城の東門、南門、西門、北門を順に外出されて出会った方々のお話です。 北門で当時のインド宗教の沙門と呼ばれる修行者を見た時に出家を決意されたと言われます。そして、その頃に第一子のラーフラが誕生
本清寺 浄土真宗本願寺派
6 日前読了時間: 5分


浄土真宗〜知っておくべきそもそも論〜
ご法事や布教で浄土真宗を話していると根本的真實を忘れて当たり前のように 『 浄土真宗はですね〜、南無阿彌陀佛の宗教です。 』 『 南無阿彌陀佛とはこんな意味があります。 』 『 南無阿彌陀佛にはもともとこのような48の願いがありまして。 』 『 南無阿彌陀佛はその昔法蔵菩薩が・・・。 』 覚えた知識をさも自分が知っているかの様にお伝えしてしまっています。(^o^; それを聞かれた方々も、その時に記憶して知識として蓄えられてしまいますから 次に聞く時は 『 あぁ。それは前回教わりましたから知っていますよ! 』 と覚えた事を持ち出して話しを聞いてしまいます。 が!!! これが実は話を素直に受け取れなくなってしまう事に多くの方は 気がついていません。かく言う私が最近までそう思っていました(´-`).。oO これが僧侶の落とし穴・・・ 伝えなくてはならないからこそたくさんの事を学びます。 学べば学ぶだけ仏教の仕組みが明らかになっていきます。 しかし、浄土真宗という佛法は、南無阿彌陀佛の話というものは まずもってどこからスタートするか??...
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月31日読了時間: 3分


お寺の意味〜続・仏教とご寄付〜
昨日、興味深い本に出会いました(´-`).。oO 未来検索 / 宮武徹郎さん・草野美木さん この【未来検索】の中で グレーター・ギーク という言葉を初めて知りました。その意味を読んだ時に 『 あぁ。自分の目指している事はまさにこれだ。 』と感じました。 ずっと仏教の続編を投稿し続けている内容は、これまでの死後仏教という固定観念からの脱却を目指しているからです。 それは、内容からも明らかなように 死後が有るか無いか? 佛さまはいるかいないか? お浄土や天国は有るか無いか? 宗教は必要?不必要? 社会を豊かにするかしないか? という人間生活のための知識や情報ではなく、人間そのものの仕組みを問題としているのが仏教でした。 つまり、両親を縁として誕生してきた生命体である個々は、当然その家族や親戚の人間社会で育てられていきますから得ていく知識や情報は同じ人間のものを獲得していきます。 そこに仏教が入ってくるとどうなるか?(^o^;...
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月29日読了時間: 6分


続・仏教の話〜佛法は力なり〜
昨日書いていた内容をもう少し深めたくなり続編を早速m(_ _)m 氷や火、風、磁力、万有引力等の名前は、相手を同じ様に変化させる力(はたらき)に付いている名前でありました。 相手を冷やし、冷たくさせる、凍らせる力を持つものを氷と名付けたように 佛に非ざるものを佛にしようとはたらく力(作用)が佛法です。 ここが他の作用とは違うという話でありました。 触れたり見たり感じたりする事が出来る作用は、自分自身の感覚器官を通すので 実感があります。 しかし佛法は・・・ 佛とは何か? 佛に非ざるものとは誰か? この答えは、確認された方に聞くしか方法はありません。 そうしますとお釈迦様は佛法の性質を3つ(三法印)教えてくださいます。 ① 諸行無常 ② 諸法無我 ③ 一切行苦 この内容は今回重要ではないので置いておきます(^o^; この3つの性質に作用(力)があるという話をお伝えしたいのです。 すべてのものは移り変わっていく(諸行無常)と聞いた時、 『 へぇ。確かにそうですね。それが何か力があるんですか? 』 こうなるのが関の山。 なので佛法はこうですよと聞いた
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月27日読了時間: 4分


仏教は難しい?〜信じる、信じない関係無し〜
1日葬や四十九日のご法事のご縁をいただく事が多い10月です。 これまで浄土真宗を聞いたことが無い方や改宗をされてたまたま浄土真宗であったりと 様々な出会いをしました。 もちろんどのようなご縁であっても 浄土真宗の要は、今《私》とご一緒くださる南無阿彌陀佛 この事だけは何があろうと必ずお伝えいたします。が!! それが、一体《私》と何の関係があるんでしょうか・・・ 『 今日は、私の大切な親のご法事でして、私の話はお願いしていません。 私は、まだ生きていますからどうぞ先立った親へお話をお願いしますm(_ _)m。 』 このように思われている方が大半ではないでしょうか。 今、私とご一緒であるという事は、当然先立たれた方もご一緒でありました。 それは、私に関係の深い方だけでなくすべてのいのちに届く佛さまを南無阿彌陀佛と申し上げますから《届かないいのち》は無い!!という事です。 では、問題は何でしょう? 届かないいのちは無い!佛さまであるのに それを知らずに人生を歩んでいるのは誰でしょう。 お釈迦様が佛法を発見されお悟りを開かれた時に悩まれた問題がありまし
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月26日読了時間: 5分


伝えたい!伝わる布教を目指して〜言葉〜
昔、とある先生に 『 浄土真宗の布教は、話せば話すほど話しが下手になる。 』と教わりました。 話せば話すほど下手になる・・・ならば話さないほうが上手くなる? 普通は、話した数だけ得意になっていきそうですが。 この言葉を今実感しています。(^o^; 話せば話すほどに 南無阿彌陀佛の話はどんどん拡大していきます。 それは、話初めの頃は覚えている内容だけをお伝えしていましたが そこから時が経過するに連れて浄土真宗の中身も増え、佛教全体と南無阿彌陀佛がどのように関わっているのかを学ぶ事になるからです。 そうすると何が起こるでしょう。 自分の話していた中身が浄土真宗のほんの一部分でしかなく 《今聞いて、今間に合うお救いの佛法》=浄土真宗になっていない事を実感します。 それはつまり、自分のお取次ぎ(法話)を聞いてくださった方を 分からなくさせ、迷わせてしまっていたことに他なりません・・・ そのような反省も含めて最近では布教に望んでいるのですが また1つの問題に気が付きましたm(_ _)m 【 何が自分に関係しているのか? 】 そこで今回は、《南無阿彌陀佛
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月20日読了時間: 4分


布教から学ぶ死〜佛教の救いって?〜
昨日は、布教のご縁で武蔵野市にある源正寺さまへ。 源正寺さまの本堂 このブログでも何度か取り上げていましたが、この布教の4日前の10月12日に 連れ合いの祖母、子ども達からすると曾祖母が93歳で往生(おうじょう)いたしました。 式は21日に執り行われるので暫く日数がある中で 毎日子ども達に 『 大ばぁばは、往生したんだよ。 』 と言い聞かせていますが、子ども達は『 おーじょーって何? 』と繰り返しています。 おそらく連れ合いのご両親もご兄妹も御親戚も 死んでしまった・・・ 亡くなってしまった・・・ と思われている中でやはり浄土真宗の僧侶である上からは往生という言葉を知っていて欲しいので私が伝えるよりも子ども達が使用していれば自ずと伝わり、変わってくださるかなとも思い教え続けています。それ程に世の中は、人間の生命の終わりを《死》と受け止めている方が大多数です。しかし、往生は字の如く 往き生まれる 死や亡くなるとでは天と地の差がそれぞれの世界で出てきます。 私からすれば曽祖母は成佛されたと受け止めていても 他の方が生命が終わっ
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月17日読了時間: 5分


その名は生きてますか?〜法名・戒名〜
昨日は、久しぶりにお通夜からの2日間に渡るご法事でした。 昨今では激減したこのカタチのご法事ですが、増えているのは初七日が来る前に 1日葬に組み込んだり、2日目に含めてしまうものです。 これには賛否両論あるでしょうが、私はどちらでも構わないと思っていますm(_ _)m それが今回のタイトルです↑ ご門徒さんのお宅にお参りすると必ずお仏壇の中にお位牌がご安置されています。 中には違う宗派からいただいた戒名であったり、時代の習わしから浄土真宗の法名でも 名の下に 信士・信女・居士・大姉 等 の位号が付与されているものが多々あります。 即ち、戒名ならば ◯◯院殿 ◯譽 ◯◯ ◯◯ 居士 院号、譽号、道号、戒名、位号の順で示されるわけですから当然文字数は多くなります。 戒名も法名も生前にいただくものでありますが、やはり世の中の常識から死後にご遺族が故人に授与するものであると勘違いされています。 ちなみに浄土真宗の法名は 釋 ◯◯ 又は ◯◯院◯◯ 文字数も戒名と比べてしまうと圧倒的に少ないです。 さて、皆さんはどちらを選ばれますか?φ(..
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月15日読了時間: 3分


〜ご門徒さんとの会話から学ぶ〜お経
ご門徒という言葉は、東京では馴染みないかもしれませんが浄土真宗をいただく仲間の事を 同じ法門をいただいて歩む徒(仲間)、ご門徒(もんと)と親しみをこめてお呼びいたします。 檀家という言葉は、江戸時代の制度によって浸透していった新しい関係を表す言葉です。 この場合は、誰かが亡くなった後のお世話をするのがお寺でありそのお世話をお願いしお寺を支えていくのが檀家の役目になります。 さて、我々は浄土真宗ですから生前におみのりに遇い、南無阿彌陀佛のおいわれを聴聞していく中で徐々に人間そのものの姿とお救いの中身をいただいていきます。 ( 聴いたから救われるのではなく、お救いの中で中身を聞いていきますm(_ _)m ) そのご縁が年始やお彼岸、お盆のお宅参りになっていくわけですが、先月のお彼岸の時に あるご門徒さんからこのような事を尋ねられました。 『 お経の中に《我》と出てきますが、あれは私の事ですか? 』 僧侶からすれば毎日のお勤めで目にする《我》という字ですから 当然のごとく 《我》 = 《佛》、または成佛前の《菩薩》 となります。しかし、よくよく考え
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月8日読了時間: 4分


〜変わっていける力〜悲しみを超える
立ち読みをした本の中で世界中の人がGoogleを使って何を検索するか?という興味深いデータを目にしました。 私も毎日のように検索します。例えば、 佛教 東京 お寺 と検索すれば一番上に上がってくるお寺さんが何を発信しているのかを研究します。 このブログを御覧の方ならば私の目標をご理解いただけていると思います(^o^; 中々先は長そうですが、大事なことは何でも時間がかかると思いながら日々前進です! さて、世界中の人が検索するキーワードの中で気になったのが 悲しみ 悲嘆 様々な悲しみがありますが、その中でも死別に対する悲しみをどのように乗り越えていくかを調べられているという現実に驚きました。 大切な方がいなくなってしまった喪失感、昨日まで・さっきまで話したり触れることが出来た肉体が見えなくなり触れられなくなる毎日。 あの人の聲が聞きたいと思っても聞く事は出来ない。 まだまだ話したいと思ってももう会う事は出来ない。 もっといっぱい一緒に過ごしたかったと思ってももういない。 その喪失感や失望感をいかに克服していけ
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月7日読了時間: 5分


〜壊れるものと壊れないもの〜死って?
本日は四十九日のご縁でしたm(_ _)m ご縁というのは不思議なもので ずっと考えていた点と点がそのご縁によって線となる瞬間があります。 昨日、連れ合い(妻)の祖母のお見舞いに行った時の事も重なり 今日は深い時間を過ごすことが出来ました。 連れ合いの祖母は93歳です。余命幾許という連絡を受け挨拶とお礼を伝えに行きました。 その時のやり取りが最近ひっかかっていた事と同じ状況でした。 【 誰が亡くなるのか? 】 子ども達が祖母に声をかけます。 『 ばぁば、来たよ。◯◯だよ。』 たまに瞼が動きますが寝たきりの祖母の反応はありません。 『 ばぁば。ばぁば。 』と大きな声をかける子ども達。 呼吸はしていますが、寝ています。 食事や水分を取らなくなって4日目。 そこには妻のご両親や義父の兄弟もいらしていました。 つまり、子ども達からすれば高祖母、妻からすれば祖母、妻の親からすれば親です。 入れ替えると曾孫、孫、子が1人の女性であり、人間であるものへ言葉をかけている光景です。 老衰という事を考えると残り数日です。そして、子ども達にとっては記憶に残る年齢になって
本清寺 浄土真宗本願寺派
10月2日読了時間: 4分


大事な問題〜誰が亡くなるの(死)?〜
習慣というものは凄いもので起床時間が3時半から4時になってから2年程経過しました。 この習慣になってから朝に本を読んだり、佛教を学んだりと有意義な時間を過ごしています。 今回は今朝考えていたことをタイトルにしてみました。 この問題は、実は死後からのご縁を多くいただくようになってから夢にも出てくるような大事な問いであります。 というのも誰かが亡くなられた際にご遺族が見ている式の現場と私が見ている現場では 同じ現場でありながら 《 誰が 》 亡くなられたか? という視点がまったく異なるからです。 当然、ご遺族の方は故人さまの姿を見て、亡くなられた事実を実感しているのでしょう。 しかし、佛教が説く【 縁起 】 の理法から教えて頂く世界では その方が亡くなられたとは見ていないのです・・・・ このように考えてみて下さい。 例えば、①《 私の妻 》が亡くなったとします。φ(..) 式場にはたくさんの関係者が弔問に来られています。 まずは、《子ども達》。その子ども達が見ている世界では②《私の母》です。...
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月30日読了時間: 5分


貴方に来て欲しいお寺を目指して☆〜納骨それで問題ありません?〜
実現させようとしているお寺のカタチをかれこれ10年以上前から発信しております。 しかし、東京という場所の現実は600年前から何も変わらず続いている 《死後からのお寺》、《誰かが亡くなった後から始まるご縁》 これを続けるお寺で溢れすぎています。 ここに現在は、甘い誘い文句が罠を仕掛けています。 永代供養まで付いた〇〇 後継者がいない、場所が遠い、家族に迷惑をかけたくないと子や孫の事を気にかけさせるあまりに遂に《永代供養》というフレーズまで使い死後からのお寺を持続させようと企んでします。 これでは永遠に誰も供養出来ないでしょう・・・ この問題は、佛教の論理から話していけば誰でも理解できる話です。 というよりも!! 家族に迷惑をかけない、参るのが億劫、永代供養にすれば楽!!という発想に 拍車をかける宣伝は、誰の都合でしょう?? どれも《生きている側》の話ではないでしょうか。 そして、費用に関しても納骨やご法事に対しては安く設定されていますが 知り合いの檀家さんに聞いてみるとやはり戒名の値段や死後の管理費等に出費が激しいと聞きます。...
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月29日読了時間: 4分


お彼岸は先人の願い〜お墓参りの前に〜
秋と春にお彼岸という1週間を設けてくださった先人の願いを聞く時間といっても過言ではない、今日はその節目の日です。 『 お彼岸が終わります。 』と言ったほうが伝わりやすいかもしれませんが お彼岸が終わることは無いので違う言葉を用いてみました。 終わるという事は何かが始まるという意味が含まれています。 そこからしてもお彼岸は終わりも始まりも無い、不変の世界なので 此岸から言えば節目であるのかなと思い・・・ お彼岸は、日頃人間生活に浸っている時間から人間そのものに目を向けていく時間です。 それは、日常から非日常へ身を置くことによって忘れていた、知らなかった人間の土台を しっかりと持つ為の先人からのメッセージであり願いです。 知らないという事は、人間そのものを知らないという事ですから 人間生活を送っていてもそれは人間の常識、日本人のルールの中で暮らしているだけで 満足してしまっている状態になります。 そうではなく土台を持つ事で初めて土台の上に乗る生活はたとえ急に崩れ去ろうとも 土台に帰る事が出来るのです。 土台の上に乗るものとは、衣食住を満たすための知識
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月26日読了時間: 3分


お彼岸をご存知?〜シルバーウィークなんて(´-`).。oO〜
シルバーウィークは本日最終日が、お彼岸は今日がお中日。 残り3日もあります(*´∀`*) しかし、世の中はシルバーウィーク5連休のイメージが強すぎて お彼岸をご存じの方がどれ程いらっしゃるか少し心配になりました。 もう1つ心配な事は、 お彼岸はお墓参りにいく と思われている方がたくさんいらっしゃることです。 お盆のイメージもお墓参りですがお彼岸もこのイメージが強く残っています(^o^; お墓参りは、ご先祖のお骨が納まっていますからお礼や近況報告をされているのだと思いますが、お盆もお彼岸も本来お墓参りが主ではありません❌️ お盆は、ウランバナが語源ですから人間の見方が逆さまになっていることをお寺に参って聞かせていただく時間です。 それではお彼岸は・・・?? お彼岸とは佛さまの世界の事ですから我々人間世界(此岸)と何が異なるのかを 聞かせていただく1週間です。 どちらの期間も佛教を大切にされたご先祖が 『 どうぞ貴方もこの期間に人間というものに目を向けておくれ。 』 と願われ伝えてくださった習
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月23日読了時間: 5分


お彼岸の季節がやってきました!
明日から秋のお彼岸が始まります(*´∀`*)世の中はシルバーウィークと言っていますが・・ お彼岸は秋分の日と春分の日の前後3日間を我々のご先祖が大切に過ごしてくださったからこそ今日までずっと続いている佛教週間(慣習)です。 お彼岸と言われるくらいですからこの期間だけはせめて!日頃聞かない、忘れている佛さまの話をお寺に参って聞かせていただきましょう。 そこで浮かんでくるのが なぜ、お彼岸に佛教を聞かなければならないの!? という問いです。 本日、1日葬のご縁をいただきましてお勤めをしてまいりました。 そこでもやっぱりご参詣の方々は日頃佛教を聞かれない方が多いです。 そこで浄土真宗はこうです!佛教はこうです!!と話しても伝わるわけがありません(^o^; むしろその話と亡き方がどう繋がっているの?と余計難しくさせてしまいます・・・ そこで最近思いついた話が 人生と宗教は、どのような関係か? 世間では宗教という文字や言葉を聞いただけで怪しいと思われるそうです。 しかし、そう思う理由はその境界線を知らないからではないでしょうか? 怪しい宗教のイメージは、
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月19日読了時間: 5分


お仏壇って何?〜現代の闇〜
佛教、殊に浄土真宗の話を伝えていこうとすると どうしても 南無阿彌陀佛の意味とは? とか 阿弥陀如来とは? のような《いきなり浄土真宗》の話を始めがちな今日この頃です(^o^; しかし、目を世間に向けてみると 実は、まったくこの段階の話ではなく むしろ仏教とは何か以前の問題である お仏壇って何? 必要なもの? という会話を頻繁に見かけます。 日頃、お彼岸やお盆などで接しているご門徒さまにはお佛壇の意味を説明しているので このような会話になる事はありませんが、聞いたことが無い方のイメージが物凄く遠ざかってしまっている現実を直視いたしました・・・(これはヤバい) そう感じたので本日はお佛壇についてです。 まず、世間のイメージやこの問いに対する答えの共通点は以下の2点です。 ① ご先祖をお祀りする場所 ② 人それぞれ捉え方は自由 たくさん答えが溢れていましたがまとめるとここに落ち着きます。 ①は、よくある勘違いです。 というのも名前を尋ねてみれば《お佛壇》ですから 佛さまをご安置する場所、つまり佛さまの家になります。...
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月17日読了時間: 4分


今聞かずいつ聞く?〜念仏とは〜
昨日は、小平市の小平駅近く、小平霊園すぐ近くの聞光山照恩寺さまで布教のご縁でした。 出発前に長女からおまもりを貰いました。 交通安全のお守りを超えるおまもり 神様にお願いするよりも大切な家族から心配されている想いが何より支えになります。 であるからこそこのいのちを本当に支えてくださるものと出遇う事は一大事です。 さて、今回1番の喜びはたまたま結ばれた1日葬からのご縁からお住まいも照恩寺さまの近くという事もありお参りを奨めておりました方が何と参ってくださっているではないですか!!しかも御夫婦揃ってm(_ _)m これこそ私の考えている浄土真宗の繁昌です。 《うちのお寺の門徒》という括りを超えて《親鸞聖人から預かった法の友》を東京で 拡げていく、アミダファンクラブ。 第一号が誕生した瞬間です。 それと同時に浄土真宗を聞き慣れたベテランの方々から数回聴かれた方や初めての方がご参加の空間でいかに南無阿弥陀佛をお伝えするかという問題もいただきました。 初めての方を置いていかない、何度聞いても分からない方も良かったと思っていただける、ベテランの方が悦べる布教
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月14日読了時間: 6分


〜ストップ!永代供養〜その選択は・・
最近やたらと増え始めている広告の1つについてストップを。 これは早急に取り組まないと大変な事態になります。 いや、すでになっているかもしれません。 本清寺がある荒川区でも見かけるようになりましたが 台東区や足立区など東京23区でお寺の看板を通り過ぎると・・・ ・過去の宗派・宗教は問いません ・家族に迷惑や負担をかけない為に ・ペットとも入れます このフレーズを見かけない事がなくなりました。 そこに必ずくっついている言葉が《永代供養》です(^o^; 2026年の半分を終えて、ご法事や布教を通して感じていた事を 書き出してみると1番伝えなければならないことが全く伝わっていない課題にぶちあたりました。それは!! 〜佛教の《救い》とは何か?〜 これを伝えるからこそ、正しい問いをいのちある人間に促す事ができます。 では、仏教の救いとは何か? これは意外と簡単なのです。 → 佛さまに成る、いわゆる成佛。 → そして、誰が成るか? 私が佛と成ります。 ここからすでに永代供養にストップをかけなければならない理由がスタートしています。 なぜなら永代供養を選ばれる方
本清寺 浄土真宗本願寺派
9月10日読了時間: 3分
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