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11月が始まりました〜仏教日記〜

6 日前
読了時間: 5分

昨日は築地本願寺和田堀廟所にて布教のご縁でしたm(_ _)m


和田堀廟所
和田堀廟所

日曜日の秋晴れの中たくさんの方がお参り下さいました。

横の明治大学では文化祭が開催されており若者が大盛り上がりでした(^o^;

その影響もあり話のテーマは


 《 なぜ、仏教は若者に伝わり難いのか? 》


を根底に据え、浄土真宗を開かれたご開山・親鸞聖人やその親鸞聖人が選ばれた

インド・中国・日本の七高僧がご覧になられていた景色はどのようなものであったか?というところをお釈迦様のご生涯を通してお話いたしました。


我々人間には固定観念というものがいつでもつきまとっています。

仏教は、本当に若者に伝わり難いのでしょうか?


お釈迦様が出家された年齢は29歳です。

しかし、出家するきっかけとなった事柄は29歳以前からありました。

その有名な話が四門出遊(しもんしゅつゆう)です。

これは、お釈迦様がお城の東門、南門、西門、北門を順に外出されて出会った方々のお話です。

北門で当時のインド宗教の沙門と呼ばれる修行者を見た時に出家を決意されたと言われます。そして、その頃に第一子のラーフラが誕生されました。

ところで日本で出産と聞くとどれくらいの年齢を想定されますか?

20歳半ばでしょうか?30歳?40歳と様々な答えがでるでしょうが

なんと当時のインドの平均出産年齢は、14〜16歳と言われています。

つまりお釈迦様もそれくらいの年齢で東門で《老い》を見て、南門では《病人》、西門では《弔い》をご覧になられた訳です。


その年齢は、中学高校生です。果たしてこれらの状況を見た時に彼らは問いを起こすでしょうか?


おそらく若者からすればどれも


 『 まだまだ先の話。自分にはまったく関係ない!! 』と


疑問を抱くことはないでしょう・・・


特に《弔い》、それは《死人》との出会いです。

ここに1番の問いを起こされたはずなのです。


 ① 皆があの状態を《死》と受け入れているけれど自分があの状態になった時に

   自分はあの《死》を経験出来るのであろうか?

   出来ているならばそれは《死》とは言えないではないか。

   では、他者が信じている《死》とは、ただの情報ではないのか。


 ② 王子として何不自由のない生活をしている。権力も財も家族にも恵まれている。

   しかし、《死》を前には何一つとして持っていけるものはない。

   ならば、なぜ《生きている》のだろうか?

   何のために生きるのだろうか?


 ③ 遡れば当たり前のように《生まれてきた》と思っているが

   その誕生した時を覚えているのは両親であり

   その親が教えてくれた情報を信じているに過ぎない。 

   ならば誰が《生まれてきた》のか?


《老い》《病》《死》という代表的な話を用いているのは

特に人間にとって分かりやすい


       【 奪われていくもの 】


だからです。老いは、若さを奪われ、病は健康を奪われ、死は生を奪われます。

しかし、お釈迦様が抱いた問いは、死というものがただの情報であり生もまた情報である、

それを信じている《自分》は一体何者か?というものでした。

生まれてきた理由も分からない、死も分からない、生きる意味も分からない、何も分かっていないのになぜ人々は当たり前のように暮らしているのだろうか。

そこに虚しさを感じたのです。


さてさて、この問題はお釈迦様だけの問題でしょうか?

仏教はご高齢が聞くものでしょうか?

その固定観念を打ち破るのがこの四門出遊であり、人間の土台となるものが

仏教に他ならないのです。


そして、お釈迦様に問いを起こさせ、お悟りを開かせ、お悟りに身をおいた人生こそ

佛法のはたらき(力)なのでしたφ(..)


問題は、そのお悟りを人々に説いた時に集まった聴衆です。

何やら素晴らしい方がお出ましになられたそうだぞ!一度聞いてみたい!!と思う人もいれば、あんな怪しい人の話は信じられないと疑う人もいます。

聞いてみたいと行ってみて思っていた話と異なれば離れていきます。

残った方はお弟子になりましたが、それ以外の人間の方がはるかに多いのです。

けれども佛さまのご覧になられている世界は智慧と慈悲の世界です。

智慧とはいのちの一体、あなたは私であるという世界、だからこそ

誤った世界にいる人間を自らの痛みとしてその痛みを完治させようと動かれます。


やがてお釈迦様は80歳で涅槃に入られましたからそれ以降は何を頼りにすればよいかという問いが起こってきます。

お釈迦様を動かした佛法、その佛法がご覧くださる世界がそもそも智慧と慈悲の世界でありました。

そして、その慈悲が1番の目当てとするものは

   佛法から遠いもの、佛に絶対に成れないものでありました。


そのものを佛にする為には

 《佛になれない原因》を先に解決し、佛に必ず成る因種を《目当て》に与えなければなりません。


その種が我が口に称えられている南無阿彌陀佛でありました。

結果から因を尋ねていく所に智慧と大慈悲を具えた法蔵菩薩が佛法から現れ

原因の理由をいかに解決出来るか願いを起こされ、種を完成させる為に功徳を重ねられ

南無阿彌陀佛と成られたという話が私の上に展開されていきます。

これぞ浄土真宗の要である

 

             他力本願


それは、他人任せなのではなく

  佛に成れる可能性ゼロ%の私を100%の南無阿彌陀佛が《必ず私を佛にする》話。

佛さまが私を利益する話ですから私が介在する隙間がまったく無いという事です。


極悪最下のものに極善最上の法を説かれたものが南無阿彌陀佛のお話。


つまり、親鸞聖人も七高僧もご覧になられた世界はこれであり、同じ世界が

私にも拡がっているのです。

11月の始まりによきご縁をいただきました。


                              南無阿彌陀佛

 
 
 

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