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南無阿弥陀仏の話って何?〜宗教の土台〜

超宗派を薦めながら、ネット上では領収書を渡すかどうかや戒名法名の値段でもめている僧侶方を拝見していると矛盾しているなと感じるこの頃ですm(_ _)m

こちらはそれどころの段階までお寺が盛り上がっていないので、ひたすら学問漬けの日々・・・羨ましくも思いどうでも良いとも無視しつつ。


さてさて浄土真宗の肝心要はご存知【南無阿弥陀佛】ではありますが、

いまいちピンとこないという方々が多いです。

それは、なぜであろうか? と考えてみるに


先日勤めれられた《はなまつり》でお祝いされたお釈迦様は

南無阿弥陀佛をどのように教えたれたのかと尋ねてみると


  【 教え方に2種類 】


ある事が分かります。


① プレゼンテーション型


 例えば、電気屋さんの店員さんになってみましょう。

今ここに今日発売のドライヤーがあるとします。このドライヤーをお客さんに購入してもらう為には、

ⅰ ドライヤーが壊れて求めに来た人や使用しているドライヤーに不満がある人を見定め力ⅱ 販売するドライヤーがこれまでに無い程の優れものであること

この2つが必要になります。


《相手が抱える問題》、《それを解決する方法》を教え《相手》が購入しようか決定する


所謂、対機説法と呼ばれる相手に応じて説くものを変えて教え導く手法がこちらに当たるでしょう。

最後の選択決定権は相手にありますから求めるものにはそれなりの答えが与えられ、求めないものには与えられない、公平の論理ですφ(..)




② 医者型

 これは、自分の見えない部分を知っている人から教えられるパターンです。

分かりやすいのがタイトルに挙げたお医者さんです。医学部に通われて先人達の知識をすでに学び実践に励まれている方々であるからこそ日常私達には見ることが出来ない身体の内部のはたらきについてご存知のプロフェッショナルです。

そのお医者さんが


『 あなたの臓器はね。あなたが生まれてからずっとこのようにはたらいて

 あなたを支え続けてきてくれたものなんですよ。 』


それを聞かされた私達はどのような感情を持つでしょう?


『 へぇ〜。これまではまったく知らなかったけれど、ずっとそんな風に私を支えてくれていたんですね。今日からもっと大切にしようと思います!! 』


 となりはしないでしょうか?(*´∀`*)


こちらが南無阿弥陀仏の話になります。


つまり、お釈迦様が教えてくださった南無阿弥陀佛の話というものは


『すでに私に届き《私のいのち》を支え続けてくださっている

 佛さまが南無阿弥陀佛ですよ。』


これまで知らなかった私が教えられたことによりずっと支えられていた事を初めて聞く話ですから、自分の選択・決定ではなく佛様の側の話に耳を傾けていくのが浄土真宗なのです。


そして、この話は私の話でありながら一切すべてに届いている話ですから平等の論理です。


ここから見えてくる世界は、お釈迦様をして動かした平等の法が南無阿弥陀佛ですから

すべての佛教宗派の土台となり、さらには佛教は人間を人間たらしめる真実の教えですから

人間の根幹(宗教)となるのが実は南無阿弥陀佛でしたm(_ _)m凄いおみのりです


                                 南無阿弥陀佛

 
 
 

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