大切な方の葬儀ご法事を終えて
- 本清寺 浄土真宗本願寺派
- 1月28日
- 読了時間: 3分
長年、本清寺を支えてくださった方でありました。
僧侶として私が始まった2009年。最初にお育ていただいた方でもありました。
初対面から「先生!先生!」と仰るので
「私は先生ではありませんからその呼び方は止めてください。」
そんなやり取りは昨年までずっと続きました。
当山の報恩講には必ずお参りくださり、初の試みであった法話会にお誘いした時も
快くお聴聞くださいました。
お酒を飲めば顔を真赤にされてニコニコとたくさんの話を聞かせてくださいました。
呼吸が苦しくなり始め酸素を吸入しながらの生活を始められてから
ご自宅参りに窺うとゼェゼェしながらも丁寧に対応くださって
「先生。やっぱり年は取りたくないもんだね。きついです。
でも仕方ないね。好きでタバコ吸ってきたんだから。
でもきついね。」
そんな話をしながらお勤めの鏧をカーンと叩くと
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ・・
『 仏説無量寿経巻上 』
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ・・
最後の鏧をカーン
なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
少しでも間があると、すかさずお念佛が聞こえてくる
蓮如上人の御文章を拝読している時もお念佛
辛いきつい苦しいと言いながらもお念佛は止むことはありませんでした。
最初のご縁の時には、鏧の後にお念佛が出ていた印象が
最期の最期はお念佛の嵐
ここまでお念佛が出ていた方をこれまでお会いしたことがないほどに
この方と言えば念佛者の代表でした。
Kさん「俺の代で繋がりを切ってしまうからご先祖にも申し訳ないし
新潟から持ってきたお仏壇を相続することができなくてくやしいです。
このマンションも片付いたら売ってしまって近くに住もうと思っているけれど
もしも俺が死んだらこの仏壇をお寺さんに預けてもいいかな?」
私「もちろんです。お仏壇を相続することが出来ないからといって恨むご先祖は
いらっしゃいません。これまでずっとKさんがお仏壇と向き合っていた姿を私はちゃ
んと見てきました。自然にお念佛が出ている人はKさんの他にはいらっしゃいません。
十分にお育ていただいていますよ。そして、お仏壇がなくなったとしてもKさんには
南無阿弥陀佛がご一緒ですから安心してくだい。」
Kさん「 相談して良かった。ずっとひっかかっていたんだ。でもその言葉を聞けて
良かった。先生、ありがとう。ありがとう。」
玄関でご挨拶をして帰ろうとすると
「もうすぐお願いすることになるけれどよろしく頼みます。
お仏壇の問題が解決して本当に良かった。」
Kさんの涙を流す顔を始めて見ました。
納骨壇が設置された時も
「俺のいのちが終わったらすべて先生のお寺にお任せします。
妹が病院に入りっぱなしだから妹が先に往くかもしれないし、俺が先かもしれない。
でも俺らは独り身だからどっちにしろお世話になりますね。」
振りかえれば、いろいろな思い出や会話が鮮明に蘇ってきます。
長い間大変お世話になりました。これからは佛様として私をお育てください。
あなたあっての私であり、本清寺です。
ありがとうございました。
その姿が今日お参りくださった方々に伝わり遺っていくようにこれを記します。
2026.1.25 80歳往生 南無阿弥陀佛
本清寺 釋 匡真




コメント