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子育ての中で、お慈悲を教えられる

今から3年前の3月11日に連れ合い(妻)の祖父がいのちを終えました。

昨日は、四回忌です。


え? 四回忌? そんなの無いでしょう・・・


これも終わりにしたい文化の1つです(^o^;

誰が49日の次は1周忌、3回忌、7回忌、13回忌・・・


最初は1年毎に勤まっていたのに(それでも危ういですが)

段々と年が開いていくシステム。

浄土真宗は、今聞いて今間に合うおみのりですから一回勝負。

何度聞いても救いが届いている話を聞きますから日頃、法座が開かれています。


しかし、そうでは無い宗派のご法事の場合、その開いた期間に誰かがいのちを終えてしまったら先立たれた方や亡くなられた方のいのちはどう受け止めていくのでしょう?


そもそもご法事に初七日だ二七日、満中陰、百箇日、1周忌と区切ること事態がおかしな話なのです。


なぜならば佛教も佛法もいのちある今に聞くものだから!!


それをご存知の方であればご法事自体が


亡き方を通して自分自身が佛法に遇い、佛法を聞く時間になりますから

区切るどころか、聞きたいと思えば何度勤めても構わないのです。

三回忌の次は七回忌、4年という時間が経過してしまったならば

佛教のぶの字も消えてしまっていることでしょう。


さて、今回は食事中の妻と娘とのやり取りからお慈悲を。


娘は最近好きな野菜を増やす為に毎夜挑戦し続けています。

先日、まいたけのスープを飲んでいる時のことでした。

何やら顔の表情が暗い娘・・・

(妻は、横目でチラチラ様子を伺っています。)

段々と弟とふざけ始め、ついに雷が落ちました。


妻 『 それ食べ終わるまでデザートなしね。 』


娘 『 ・・・ 』


食べられないから残したいと伝えられない娘。

何と言えば良いかわからず目に涙を浮かべ始める娘。


妻 『 ◯◯ちゃん。ママに食べられないって言わないと

    ママ分からないよ。 』


娘 『 ママ。食べられない。 』


妻 『 あら。よく言えたね。◯◯ちゃんがママに食べられないって

   言ってくれたからママ分かったよ。偉いね。残していいよ。 』


そこからは笑顔を取り戻した娘の姿がありました。

妻からすれば娘が自分から離れて生活をしている幼稚園で困らないように教えなければならない思いもあることでしょう。むしろこれから離れている時間の方が長くなる生活が待っています。その時に備えて困った時に困ったと言えるようになって欲しいという願いもあるでしょう。

けれども本当は


貴方が言えたとしても言えなかったとしても

私は貴方のお母さんよ

困った時も困っていない時も貴方の親であり続けるからね


この想いで溢れているのが親心というものでしょう。

その証拠に困ったから手を差し伸べたのではなく

困る前からずっと娘の様子を見ていた妻の姿を私が確認していますm(_ _)m

一部始終を見て、この娘にはこのような伝え方をすればこのような反応をしてくれると

ゴールを見据えて言葉をかけています。

期待通りになったからあなたは私の子、期待外れにならないでねという親ではなく

この親が何としてでもあなたを困らせないという一心。


他力とは与えて持たせぬ親の慈悲 と言われます。


夕飯という僅かな時間でも佛さまの慈悲の一部をいただける瞬間があるんですね。

ありがたいことです(*´∀`*)子育ては佛さまの話に結びつく

                           南無阿弥陀佛

施設で暮らす祖母に手紙を書く娘
施設で暮らす祖母に手紙を書く娘

 
 
 

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