新生活にご法事をm(_ _)m
- 本清寺 浄土真宗本願寺派
- 4月5日
- 読了時間: 2分
妙なタイトルをあえてチョイスしてみました。
しかし、このタイトルに違和感を覚えるあなた・・・
かなり人間思考に浸ってしまっています!!
人間思考というよりも人間の常識と呼んだ方が分かりやすでしょうか。
つまり・・・
《ご法事は、亡くなった人の為》
誰かを無くしたから法事を勤める=法事だからお寺、お寺だから坊さん。
この公式が頭を支配していませんか?(^o^;
違和感の正体は、これです。
この常識が蔓延っているとせっかく元気なうちに法事に参加しても
『あぁ、法事か。親戚と会うの面倒くさいな。自分にはまだ早いし関係ない。』
という答えをすでに植え付けられていますから話は入ってきません。
というよりもご法事という字を見れば明らかなように
法の事、事の付く熟語を思い浮かべてみると
家事、仕事、行事、人事・・・と
家に関する事、仕えるべきものに関する事、行いに関する事、人に関する事ですから
佛法に関する事というのは一目瞭然です。その主語は誰でしょうか?
《私》以外に他なりません
なぜ、主語が変わってしまったのでしょう?
私が勤める《亡くなった方の為》の事ならば佛法が消えています。
法事(ほうじ)らぬ亡事(ぼうじ)です。
法事とは亡き方の為ではなく、亡き方は《私》が仏縁に遇う1つのきっかけです。
そして、法事とは私の為の佛事であり
新生活にご法事を勤める事は、私が私でいられる理由を聞く事であり
人間が本当の人間としてスタート出来る土台になります。
世間の常識が当たり前であるという現況は、とどのつまり
ほとんどの人が人間として人生を送れていない・・・と言っても過言ではないのです。
亡き方は確かに《自分のいのち》を考えるとてつもなく大きな衝撃となりますが、
それでは遅いのです。
だからこそ・・・だからこそ・・・だからこそ!!
元気なうちに家族とご法事を。
生きている間に友達と楽しくご法事を。
縁がある間に会社の同僚とご法事を。
近所の方ともたまたますれ違った人を誘ってでも
どのような時、どのような場所、どのような人間関係でも
好きな時にお寺でご法事を勤めてください(*´∀`*)
むしろ坊さんを暇にさせないでください。
お寺を活用してもっと人生を満喫していきましょう!!
勤めればすぐに分かります。佛教は死後からでは無いことが。
毎日法事(1日4件くらい)
させてください。m(_ _)mお待ちしております
生きたお寺を皆でつくっていきましょう!
南無阿弥陀佛




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