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雪の中のご法事も風情がありました

天候に不安を抱きながら三回忌と建碑・納骨法要のご縁でした。


三回忌は室内、そして墓苑に移動すると・・・

雪がチラチラとm(_ _)m

口からは白い息。

記憶に残る納骨となりました。


さて、そのような中でハッと思わされる景色が目に飛び込みました。


参列者の中に中学生や幼稚園年中児の姿。

この度はお手伝いの法事でしたから背景は全く存じ上げていませんがおそらくお孫さんでしょう。

つまり、そこにはお婆ちゃん(お連れ合い)、子ども夫婦、孫という関係性が見えてきます。

そして3回忌ですから何かしらのご都合で納骨をせずに今日を迎えられたのでしょう。


ご法事の最初と最後には必ず


『 佛様に向かいまして、手を合わせて「南無阿弥陀佛(なんまんだぶつ)」とお念佛申しましょう。 』


とご案内申し上げます。

その時、大体の方は最初しません。(TOT)

最後は皆、声に出してお念佛しますが、本日は声が聞こえない・・・

あれっ?? と思いながら振り返り10分程ご法話をさせていただくと

考えて聞かれている感じがする。


なるほど!! と思いました。


最近、初縁の方々が増える中で

どのような経緯で浄土真宗を選ばれたのだろうか。

そして、ほとんどの方はこれまで浄土真宗を菩提寺にしながら教えを聞かれた事がない、

または改宗されて初めて浄土真宗を聞かれる方ばかりです。


教えを聞かれた事がないと言うことは


① ・佛教を知らない、南無阿弥陀佛を聞いたことが無い。

                     (授業で単語を習う程度)

  ・SNSや情報番組で見聞きする。


② 誰かのお葬式やご法事で佛教を聞く、南無阿弥陀佛を知る。

                     (坊さんの話を聞く)

③ その縁から自分で問いを持ち、佛教って何? 南無阿弥陀佛って何?

                      (自身で咀嚼していく)


どれかの状態でご法事を迎えられた訳です。本日の方々は

3回忌(法名らしき?ものも授与されている)ですから少なくとも

通夜、葬儀、49日、一周忌は勤められているはずですから①、②は経過している。


にも関わらず、浄土真宗の話が『 ?? 』 という事は

法話に問題があるとしか考えられません。


というのも浄土真宗の話には大前提があるので

それをしっかりその寺院が最初に伝えていれば『??』にはなりません。


南無阿弥阿佛は、私とご一緒くださる佛様です。

私を離れて佛様はいらっしゃらない。

当然、亡き方の人生にもご一緒くださっておりました。

その証拠が自分の口から称えられる「南無阿弥陀佛」です。


ポイントは、私を離れて南無阿弥陀佛はいない。


しかし!!

佛様という存在を遠くに置くと、亡き方が佛様に成られるという話が

どこかにある世界であったり、目には見えないけれど近くで見守っていてくれる

《私と離れた存在》として法話を聞くことになってしまいます。


だからこそご法事の縁が重なるに連れて③が深まっていくのです。


佛教を聞く、中でも浄土真宗を聞く時に

《誰から》話を聞くか。

最終的にはそれは源に行き着くので《誰から》は重要ではなくなりますが

源に辿り着かなかった時、一体何の為にご法事を勤めてきたのか

目的を見失うことになりかねません。


今日出遇った若い方々や親御さんが

これから浄土真宗を聞いてくださるきっかけになってくだされば

私のお役目は成功ですm(_ _)m

雪の中のご法事。終わり。


                              南無阿弥陀佛



 
 
 

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