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〜浄土真宗だからこそ、これからを変えられる〜
あなたが佛法に遇う場所、それがお寺です
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人間とは?
哲学が《問い》ならば宗教は《答え》。 人間とは何か? ここに問いを出しては答え、問い答え・・・ 哲学は完全な答えは出す必要はなく、問いと答えを繰り返し深めていく学問であろう。 しかし、宗教は《答え》を与えていくものである。 経典の中ではずばり答えられている。 人間とは・・・衆生(しゅじょう)・有情(うじょう)であると。 この言葉は佛の側から人間というものを見た時に言い当てられた言葉と頂戴する。 (人間が人間を研究したわけではない) 衆生は、衆縁所生であり衆多生死を繰り返すものである。 衆縁所生、私という存在は一時も固定される瞬間はなく始まりが分からないほど昔から 縁が結ばれて今いのちをいただいている存在であり、次の瞬間にどんどんどんどん違う存在へと移り変わっていくものである。 しかし、その事を知らず 《 私はこの世に一回きりの生を授かり、やがていのち終えていく(死) 》 《 たった1人の私が生まれ死んでいく 》 と私を固定化させ、生まれた私、生きている私、死んでいく私、死んだ私と過去未来に記憶と期待を膨らませている【我】に執着した私であるがゆえに
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月24日読了時間: 2分


宗教は必要?不必要?
時代の流れに遅れないよう時間がある時にはインターネットを探索したりします。 その中でもやはり目を惹くのは宗教に関する問いです。 1番多いのはタイトルに掲げた問い 「 なぜ、宗教は必要か? 」 このような問いに対して有識者が詳細に答えておられるのを拝見するのが楽しみなのです。 大体宗教の話になると《そもそも》論というものが出てきますが今回もその一例 問いが問いになっていない 必要か否か? という問いは、役に立つかどうかという問いです。 つまり、この質問者は宗教を自分にプラスになるかならないかで判断しています。 いわゆるご利益(りやく)があるかどうか、宗教を信じればご利益が無ければならない! しかし、現実を見てみるとご利益が無い・・・ならば必要なの? 無いなら不必要では? という流れから宗教(仮)を見ています。 ご利益を売りにする宗教施設は多数ありますが、どこでもご利益があるならば今頃悩みを抱えている人は1人もいないはずです。 難病を治療する、決して交通事故が起こらない、どのような縁でも断ち切る等 ご利益=人間の叶えて欲しい欲を満たすものを
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月22日読了時間: 2分


《永代に何を残すか》
お寺=永代供養が果たして成立するのかという疑問が10年以上前からあります。 以前にも似たような投稿をしました(毎日どうすればこの負の連鎖から抜け出せるか考えているので大体話しが似通ってしまいます・・・)が、車で地方を巡っていると大きな広告看板がやたら異彩を放っているので嫌でも眼に入ってしまいます。その度に 『 ここを選ばれる方は、どのような思いで決められたのであろう?』 という問いが浮かんできます。おそらく終活セミナーに参加されてご自身の事はご自身で決めておくと死後に家族に迷惑をかけずに済みますという誘い文句で自分の埋葬場所や埋葬方法を選ばれていると思うのですが、それで問題は解決でしょうか。 この答えは、通夜葬儀をスルーされ納骨の際にご縁いただいた僧侶は対面することとなります。 「 生前に◯◯さんは自分でこの形を選んだんだから幸せだよね。・・・きっと。 」 言葉に出さなくても姿で分かるときもあります。お勤めをしている最中ずーーーーっと 手を合わせられていたり、何度もお焼香をされたり、読経中の僧侶にお辞儀したり、、、 埋葬場所と方法を決めても...
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月21日読了時間: 3分


《救い》の宗教?
救いを説かない宗教は無いほどに宗教といえば救いがキーワード。 しかし、この《救い》が一体何であるか? ここが1番分かり難い所です。 願いを叶えてくれる事が《救い》になるでしょうか。 人間の願い(欲望)は、1つ満たされれば次の願いが出てくるものです。 しかも叶わなかった時には怒りや憎しみすら生じてくるものを救いと呼べるでしょうか。 どうやらこのような場所は救いではなく、ますます人間性を悪くする場所である気がします。 反対に人間性を善くしてくれる行為はどうでしょう? ある宗教では、私(人間)は生まれながらに罪を背負っていると言われます。 ですから贖罪、その罪を代わりに償ってくれた方に感謝したり、愛に応えて生きていく中に 罪悪が善に変わっていくと言われています。(間違いないと信じることが大切とも) これはある意味倫理道徳、理性を持つ人間であるならば理解しやすく確かに善悪の判断区別をもって人生を歩んでいけそうに思えます。 けれども善を意識するという事は今の自分の姿が悪であれば悪であるほど善への要求は深まっていき善と悪の対極は拡がっていくばかりで解決にい
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月19日読了時間: 3分


佛教は哲学?
佛教とは何ですか?と尋ねられお答えすると 「なるほど。何だか佛教って哲学ですね。」と仰る方が大変多いです。 という事は、宗教は哲学になるのでしょうか。 答えは《いいえ》です。 間違われるジャンルに道徳・倫理も挙げられますがやはりこれも《いいえ》です。 では心理学? 《いいえ》 では科学? 《いいえ》 人間と動物の違いは理性であると言われます。 また、原理と現象とも言われます。 車を創る人は運転が上手いかどうかはわかりません。むしろ免許を持っていない人のほうが 運転は上手いかもしれません。 天気予報士よりも航海士の方が天気の命中率は高いかもしれません。 これを現象とするならば、原理とは問題にぶつかった時です。 運転がうまくても車が故障した時に修理することは出来ません。 しかし、車を創る方は「なぜ壊れた?」という【問い】が生じます。 動物と人間の違いはこの【問い】を持つかどうかです。 問いがどんどん分からない世界を分かる世界に変えていきます。 これを学問といいます。話を戻しますと この問いを重視していくのが哲学です。例えば・・・...
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月18日読了時間: 2分


《朝にさらっと宗教を尋ねてみる》
イスラム教、(ユダヤ)キリスト教、佛教が世界3大宗教と呼ばれています。 宗教ですから自分のものさしとなる依り所となるものです。 しかし、よくよく尋ねてみると一括りにできない境目が分かってきます。 佛教以外は、預言者(神の子)と呼ばれる方がいらっしゃいます。 (これは新興宗教にも見られる特徴かもしれませんが・・・) 絶対者からの啓示を受けたり、絶対者の子であるという事はそこには《言葉》が必要不可欠になります。この言葉を通して人間は超越的な絶対者の存在を認めていきます。 いる か いない かではなく『いる!』と信じていく、これを信仰心というのでしょう。 信ずるものは救われ、信じないものは救われない。至極分かりやすい理屈です。 では、佛教はどうでしょう? 佛教も確かに《経典》と呼ばれるお釈迦さまが説かれた言葉があります。この言葉を信じていくのが佛教かと言われればそうではないと断言できます。 お釈迦様が説かれた言葉は、ある法則を言葉で表現したものです。その法則が縁起の法則であり、無我法であり、佛の法則、佛法です。 佛さまという絶対者がすでにどこかに存在し
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月17日読了時間: 3分


SNSに蔓延る闇・・・
墓終いやお寺離れが急速に進む理由の主な理由は ① 野菜嫌いの八百屋さんが営むお店のように 佛教や佛法を忘れて寺檀制度に満足した怠惰な僧侶やお寺 ② 少子高齢化による跡継ぎ問題や参ることが難しくなりお世話が現実的に不可能 そして追い打ちをかけるようにSNSで多く見られる知識人や自称・特殊能力者による発信が原因でしょう 昨日もタイムラインに流れてきた文章には(以下原文) 『 葬儀の時に故人様は僧侶から引導を授けてもらう事で 霊界で来世も人間へ生まれ変わる為のお浄土に行く事が許されます。 引導が無いと霊界へは行けません。 霊界の入口は穴がいくつも開いていて、霊界へ行く準備が整っていない霊は 入ろうとするとその直前にその穴が閉じてしまい霊界には入れないそうです。 地球が穢れて、神様も限界って仰るのはそういう事です。 』 ここにコメントされていた方への返信に驚くべき回答もありました。 『残念ながら私が見る霊の多くは浄土宗や浄土真宗の方の霊が多いです。』 1000名以上にフォローされている方の発信、これを読まれた方はこの話を信じてしま
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月16日読了時間: 3分


ご自宅葬儀のご縁でした
お引受したご葬儀がマンションで執り行われました。内容を聞いて驚きました。 マンションでお通夜や葬儀が可能だなんて。一昔前は、ご自宅で臨終勤行(枕経)や 葬儀は当たり前の風景でありましたが最近はほとんど見られなくなりました。 早めに伺い話を聞いてみるとすべて故人様が決めたとのことでした。 仕事柄世界を転々とする人生だったそうです。ある時はイギリス、ある時は山奥、ある時は韓国、もともとは兵庫県のお生まれでありました。 ある時、転々とするならばお仏壇を持ち歩きなさいと兵庫県のお坊さんに言われたそうです。流石兵庫県と思わず絶賛してしまいました。 そのような話からも私の考えている浄土真宗の在り方と似ている部分を感じ意気投合。 ご遺族の方々のお顔も悲しみの中に笑顔がありました。 たまたま兵庫県で海が見えるお寺を選び、お墓を購入され そこに住まうお坊さんにお仏壇を薦められて ずっと南無阿弥陀佛を大切にされてきた人生でありましたから ご遺族の方々、皆、その姿を知っておられます。 自分もいのちの終わりに際し、これまでどのような人生であったか そして浄土真宗を大切に
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月14日読了時間: 2分


流行の合祀墓(ごうしぼ)の意味
前回は永代供養について少し掘り下げてみました。 それと同じ位に主流となっているのが合祀墓です。 最近の宣伝文句は 《永代供養も同時に行える合祀墓完成!》 合祀墓は、お預かりしていたご先祖のご遺骨を 様々な事情から骨壷を開けて1つの場所にまとめて合祀するお墓の事です。 統計によると大体33回忌(32年目)を節目として合祀される方が多いようです。 しかし、永代供養と同様の問題が・・・ 合祀されたお骨は、さらにまた供養の対象として納められてしまっているという事態です。 『ふぅ。これで一応の区切りとして後はお寺さんにお任せしましょう。』 この安心は、本当の安心に繋がっているでしょうか? 合祀されたお骨は、供養されていくお骨としてお寺の側が責任を持ってされていく訳ですが ① お寺が存続していく保証は誰がするのでしょう ② 三十三回忌まで供養してきて、あとどれくらいの期間供養していくのでしょう (注:ここでの供養の意味は、本来の供養の意味ではなく生者→死者への追善の意) ③ ここで得た安心は、肩の荷が降りたという安心でしょうか 追善供養する為には、追善に
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月13日読了時間: 3分


流行りの永代供養とは・・・
調べてみると結果は AI診断 一般的なイメージは、管理が出来ないから永代のお願いをするようです。 が!!!! 【 永代のお願い 】とは何でしょう。 お寺が続いていく限りはご遺骨のお世話をお願いするということ? ご遺骨のお世話は何をするのでしょう? ここに疑問を抱かなければなりません。 自分はもう先が無いからお寺に管理を・・・ 誰を管理するのか・・・ ご遺骨は一体何でしょう? 生きているものが管理しなければならないもの? もしくは、成仏していないから供養をお寺にお願いするもの? もともとお墓は戸籍管理の為に幕府が設けた政策の1つでした。 お寺に説教をさせて宗教を植え付けさせないよう遺骨の管理という名目で 一家の情報を任せたのがお墓の始まりです。 この始まりから考えると、お願いするものは区役所がある現在において 戸籍管理ではなさそうです。 となると、ご遺骨のお世話か供養になりますが・・・ お寺の住人がいなくなった場合 お寺の住人が供養する力を具えていなければどうなるのでしょう 現実的に永代供養の期間を考えてみても 一世代80年としてもいつまで永代供養
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月12日読了時間: 2分


縁起(因縁生起)の話
問.『 すぐ坊さんは縁起って言うけれど何が縁起なの? 』 世の中では滅多に起こらない事が起こる事を 縁起が良いとも縁起が悪いとも使うようです。 最近では東北で起こった地震では縁起が悪い・・・ 今朝、茶柱が立つと縁起が良い・・・・ これで縁起を考えると全くわからなくなるのは当然のことです。 縁起とは、【縁起を知らない者】に【縁起である事】を伝える言葉が《縁起》です。 知らない人が用いているのが良いか悪いかという誤用ですから 知らない人は縁起を知らなければなりません。 では、縁起とは?? 1番わかりやすい話は自分自身を観ることです。 厳密には今この瞬間も変わり続けている自分が在るというの実感していくのが本来の縁起でありますが、それは中々難しい・・・いや不可能でしょう。人間で在る限りは。 ですから進化のプロセスを考えてみましょう。 人間に進化してくるだけでも相当長い長い歴史があるのは科学時代では当たり前の事実です。急に私という人間が誕生してきたのでは無く、進化のプロセスの中でたまたま命を授かりました。 その命でさえ、父親と母親の縁が無ければ存在しません
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月11日読了時間: 2分


成道会(じょうどうえ)
宗教は、胡散臭い・怪しい・危ない・巻き込まれたら抜け出せない! このようなイメージが付き始めてかなりの時間が経っていますが未だに現状は変わっていません。佛教にそのようなイメージは無くても、やっぱり死後からお世話になるものでしょう。こちらのイメージは根強く保たれています。 しかし、どちらも間違いです! 怪しい・危ない理由は、人間の欲望を満足させる道具のようなものだからです。 代表的な欲望の満足とは、不幸を幸に変え、貧乏を富裕に変え、不治の病を健康に変えようとする行為です。その為には多額の寄付や物品購入、熱心な信仰と引き換えに得られると思い込んでいます。知り合いにも同じような団体に巻き込まれた方がいらっしゃいました。 これは宗教でもなんでもありません。ましてや仏教とは正反対です。なぜなら・・・ お釈迦様は、元・インドのお城に住まう王子様だからです。 その王子が出家されたと言うことは、満足していた生活を放棄したということです。 地位名誉財産、妻子を捨ててある問題に取り掛かったからです。 この問題の解決の所に成道会の所以があり、死後からの佛教が完全に間違
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月9日読了時間: 2分


いつでも聞けるなら早く早く!
毎日考えていることは、どうすれば佛教を身近にいただいてもらえるか。 多くの方はお寺やお坊さんをどのように見ているかといえば ほとんどの方は、死後にお世話になるイメージ。 誰の死後か。家族や身内、友達、知り合い、著名人など自分では無い誰かの死のお世話。 いずれ自分も誰かに頼んでもらってお坊さんのお世話になろう。 今はまだ関係ない・・・まだ若いから、まだ先は長いから・・・必要ないから・・・ この世間の常識をひっくり返さない限りお寺も坊さんも流行りの死後ビジネスと何ら変わらない職業になるだろう。 毎日佛教を発信し続ける理由、それは今日終わるかもしれないいのちを誰もが生きているから。 例えば、病院で家族の1人がお医者さんに呼ばれる。その後から急に 自分に対して態度が優しくなり始める。お連れ合い(妻)と仮に置くと 「あなた、今日の晩御飯は何にする? 何でも食べたいのリクエストしてよ。」 私「え?どうしたの急に。そうだな。寒くなってきたから温かいお鍋にしようか。」 妻「いいわね。具材もあなたの大好きなものにしましょう。」 私「やっぱり家で食べるご飯はおいしい
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月4日読了時間: 3分


現代人の通夜葬儀の感覚とは
祖父の持っていた一冊 実際お会いした事は無い(すでにご往生)けれど布教使を始めてからずっとお遇いしているお一人・稲城選恵和上が書かれた本。まさか祖父も同じものを購入しているとは思わず驚きました。祖父と和上は同じ広島県の音戸町出身。祖父が一つ上の歳であるから同じ時代に同じ場所で浄土真宗の御法義を身に受けていたかと想像するとなんだか嬉しくなります。 さて、この一冊は物凄く難解でありますが、原始宗教、アニミズム、シャーマニズムの始まりを研究され、キリスト教、原始仏教から部派仏教〜大乗仏教まであらゆる信仰・信心を網羅した一冊です。科学が発達し続ける現代において未だに原始宗教が受け継がれている現状が覗えます。 今回の要点は1つ。自分の外側に未知の対象や超越的な対象を置き、《有るか無いか》で迷い続けている人間がいるという事です。 現代のお通夜や葬儀に参列されている方、そして導師と呼ばれる宗派の僧侶の頭の中を描いてみると大方これに当てはまるのではないでしょうか? 《一人ひとりが全く違う世界を描いている時間》 本屋さんを見てみると、「死は存在しない」「進化の為の
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月3日読了時間: 3分


宗教について考える日々
江戸幕府によって設けられた寺檀制度によって日本の仏教は大きく変わってしまいました。 当時キリスト教が日本に入り始め、危機感をもって幕府は仏教で日本を1つにしようと民衆は仏教徒になりました。各寺院の周りに住む民衆は、そこに登録され檀家となりました。戸籍の始まりです。幕府からすれば寺院を役所として利用しその地域の家族構成や財産を把握出来る。その報酬として寺院には死後の葬儀や法事のお世話を与え、檀家から収入が入る仕組みを作りました。 ここには幕府の裏の企みがありました。 〜寺院から《教え》を奪い去ること〜 時代を遡れば分かるように宗教の持つ力は大きかったからです(一向一揆等) 民衆が1つの宗教を持ってしまうと幕府は国をまとめるのが大変でしたから 諸宗寺院法度により葬儀は勤めるものの日常に仏教を説いてはならない決まりになりました。 教えを説かなくてもお金が入ってくる仕組み。 死後ビジネスの始まりともいってよいでしょう。 そこから現代を見てみると全く変わっていない現状が続いています。 お寺業界では焦りを感じ始め、超宗教といって団結を固めていますが 教えを説
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年12月2日読了時間: 2分


本日は49日のご縁でした
先月1日葬のご縁をいただいたご遺族さまから再びのご縁。 お通夜や葬儀の縁が結ばれてもその次に続いていかないの現代の特徴かもしれません。 しっかりと皆に見送られたから亡き方もきっと喜んでいるはずだ・・・ きっと安心しているに違いない・・・ 人間の世界での出来事は、見た目は共有出来てしまうからこそ、そこに大きな危うさがあります。生きている者たちで納得すればそれでいい、いずれ自分の番になった時は同じように しけくれれば平気だろう。しかし、自分の番の時には何が起こっているか自分では確認できません。 今回のご縁の方は50歳。初めて浄土真宗のおみのりを聞かれる方でした。 親が見送る子の葬儀、夫が見送る妻の葬儀。 平均年齢80歳を超えた今、皆そこまでは生きるだろうと思って(見ないようにしているだけなのか)、まだこれだけ寿命があると想定しています。 《 それまでのいのちを誰が保証しくれますか? 》 お坊さんが良く使うフレーズ。 本当の問いかけ 。 私の尊敬する布教使の方が 「問いのない所に答えは無い! 問いを忘れた時、人間の成長は止まる!」 このように教えてくだ
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年11月30日読了時間: 2分


違和感・・・
コロナ禍辺りからYoutubeでお坊さんが自分の宗派について発信するようになりました。他宗派との違いを一生懸命説明したり法事の意義を説明したりと奮闘されていました。 世間では、亡き方としっかりと別れ偲ぶ時間を売りにする死後ビジネスに狙いを付けた業者が一気に増えました。 最近では、その業者に対して声を上げる僧侶の話が取り上げられていました。 SNSのスレッズで流れてくる言葉は、「死んだらどうなる?」という問いかけに 自論を与える方々の中に僧侶を名告る方のコメントもありました。 「私は、42年間僧侶でしたが様々な宗教を学ぶ中でこれでは自分は救われないと還俗しましたよ。仏教では人は救えません。」と訴えていました。 情報が入り乱れ、取捨選択をすることも疲れた若い世代の人は 考える事を止めとにかくすぐに答えを求めるようになりました。 どの話も共通している事は・・・ 【 自分が考えている事は正しい 】 自分とは一体 お寺のブログなので仏教に話を寄せるならばどれもアウトです。 なぜなら仏教は、無我法(むがほう)だから 修行される僧侶は、何のために修行しているか
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年11月29日読了時間: 3分


これからのお寺の役目とは?
お寺離れ、墓終いの勢いがますます加速している現代。 家族に負担をかけない為に樹木葬や様々な散骨を選ばれる方々も増えています。 しかし、これで本当に問題解決かというと問題はこれからさらに大きくなるでしょう。 なぜならばお寺が存在する理由はただ1つ、 人間が人間であるがゆえに抱える苦悩 の解決が 聞ける場所だからです。 つまり、お寺を離れてしまった方々はもちろんお寺の側にも大きな問題があったのでしょうが離れてしまった代償もまた大きく、人間の思考で自分の選んだ答えが間違いないと信じた結果が墓終いや樹木葬に繋がっています。 例えば、樹木葬を選ばれた方はお骨を埋めることによって土に還り、自然と一体化すると考えられているのかもしれません。これをその人の考えとするとご遺族はどのように考えているかといえば世界観は各々バラバラですから自然といっても抽象的でどこに向かって手を合わせれば良いか迷う事になります。御本人は、そこに自分が埋まっていると思い選ばれたかもしれませんが果たしてそこに本当に自分が埋まっているのかどうかわかりません。 話を元に戻しますと人間が人間であ
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年11月27日読了時間: 2分


いよいよ始動です!
明治時代の終わり頃、福井県曽万布町から荒川区日暮里へ。 当初は布教所として始まり、墓地の許可が難しい場所という理由もあり ずっと温め続けていた間にどんどんと近隣のご門徒さまは往生されてしまいました。 しかし、ようやく区から許可が降り、納骨壇を荘厳することが出来ました。 この納骨壇は、これまでの納骨壇とは意味が全く違うものになります。 死後ビジネスがますます拍車をかける昨今、この勢いを止める為に必要な最後の砦 として何としても地域の皆さまのご支援と認知が重要になってきます。 我々も決して変わる事が無いおみのりを間違いなく皆さまに届けていくよう研鑽に努めて参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。詳細は、インターネットでまだ発信できないのでご連絡いただければと存じます。
本清寺 浄土真宗本願寺派
2025年11月26日読了時間: 1分
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